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Diary : Sole / Lune / Terra / Caelum
※表紙は「キャラクター名(ジャンル名)」で統一して下さい。※
9: V/O/X/A/K/U/M/A(2/4/3/4/E/N)
2026-01-10 19:14:15



#01 FOLK LORE

私がひとつの国を構え、522の民をその腕に抱えていた頃の話。当時十を過ぎたばかりの少年が、私の元を訪れ自慢げに見せてくれたものがあった。冬の凍えるような寒い時期、山間部で収穫した木の皮を使い。これまた凍えるような水で作った和紙を一折り一折り丁寧に折り畳み。それは帆を張る一艘の船を形作っていた。

「御館様、これを見てください。どんな荒波をも越えることが出来る、大きく立派な船です。ぼくはこの船に乗って、外ツ国の海へ出ます」

──立派な夢だ。海に出て、お前は何をしたい?

「今のぼくには届かない外の海は、もっと沢山の魚が居るでしょう。ぼくは海に出て、集落で食べ切れないくらいの魚を持って帰って来るのです。きっと見たことも無いような魚に巡り会える筈です。一番大きくて輝きの強い魚を、御館様に食べさせたいのです」

──そうか、大海原に出てもお前は、ちゃんと帰ってきてくれるのだね。

「もちろんです。ぼくの家はここです」

そう誇らしげに言う彼の頭をくしゃりと撫でると、彼は嬉しそうに笑ったものだった。

一度彼の手から私の手に渡った紙の船を、私はその場で彼に返した。彼は私にあげようとしていたようだけれど、私は敢えて受け取らなかった。

──それはお前が大切に持っておきなさい。私の手元に置いたら、あの宝物の数々のように、この城から外に出すのが惜しくなってしまう。お前はその船に、海を見せてあげるんだ。

彼は大切そうにその船を両手で持ち、力強く頷いた。
しかし、結局その船は、この集落の沿岸より先の海を見ることは無かった。

◆◆◆


私が集落にもたらしていたのは、絶対的権力による独裁、そして信仰だった。どんなに気候や自然が彼らに牙をむこうとも、彼らの安寧が保たれていたのは、そこに必ず私が居たからだった。悪魔の名を持つ、人ならざるもの。圧倒的な力を約束した偶像。無論、私が出来るあらゆる手は尽くしていたし、常に彼らの心に寄り添い、国を豊かにすることを考えていた。それが彼らとの信頼を育み、生活を、士気を支えていた。この閉鎖的な理想郷は、どんなに権力を持っていたとて、徳川家などという‘いち人間’が手を出して良い場所では無かったのだ。

少年の夢は確かに大きなものだったが、集落の外へ出ることは叶わなかった。それは彼が若くして飢餓や戦乱に巻き込まれたからではない。彼の、私に対する信仰心がそれを阻んだ。彼には欲望が無かった、野心も無かった。ただ、私に喜んで欲しいだけだったのだ。余りにも無垢だった、故に集落の外へは行けなかった。私がそういう国を、人を作っていたのだと気づいたのは、随分後になってからの話だった。

◆◆◆


歴史上に、天草四郎という男がいる。彼はたった一人で農民達の士気を上げ、一揆を率いたとされる。然し彼の素性どころか、彼が生きていた痕跡は何一つ残されていない。急に現れ、人々の信仰心を一身に受け、いくさの終わりと共に消えていった幻の存在。当時彼のことを探ろうとした者さえ居なかったのかと不思議でならないが、今ならばその理由がわかる。──必要無かったのだ。彼が偶像としての役割を全うする為には、彼の出自や背景などといった‘野暮なもの’は寧ろ不要だった。人々の心に安寧をもたらし、社会としての一体感を生み、そうして人々を動かす最短の手段は、人智を超えた存在を据えた偶像崇拝だったのだろう。

何の因果か今の私にとっての家は、当時の彼らが決して見ることの無かった世界……海を越えた外ツ国だ。日本語を殆ど忘れ、城も失い、国を跨ぐ際も船を使わなくなってしまった。彼らが今の私を見ても、きっと裏切り者だと石を投げることは無いのだろう。静かに失望するのか、それとも。

偶像は、役目を終えた瞬間に不要になる。私を必要とする国は滅び、民はもう居ない。私は今ただの一人の男として、社会の中で生きている。役目を終えた存在に与えられる、ごく自然な余生に過ぎないのだろうが。
今をどう生きるか時々酷く悩む。まるでこの命の使い方で、贖罪を果たそうとするかのように。……だがきっと、それは根本から間違っている。この身に役割をもう一度。ただ求められたいだけなんだ、人から。役目を終えたと分かっていても尚、誰かから存在を望まれることを願っている。
だからこうして今夜も語る。誰も知らない、遠い遠い昔話を。

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