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Diary : Sole / Lune / Terra / Caelum
※表紙は「キャラクター名(ジャンル名)」で統一して下さい。※
26: V/O/X/A/K/U/M/A(2/4/3/4/E/N)
2026-02-07 13:08:08


※過去記事再掲
世の中には説明のつかない矛盾やどうしたって理解の及ばないことが無数に有るのだから、全てを寛容に受け止めようなどと思うのは到底無理な話なのだろうな、などと。己の感性を信じてもっと選り好みして掻い摘んで、自分の都合のいいところだけを食べても良いんだろう。そう、誰もがもう少しグルメになっても良いような気がする。オタクの領域になるとつい、何でも深追いして批評したくなる気持ちはわからんでもないけどね。

贔屓のレストランだからといって、全てのメニューを網羅して漏れなく美味いと言う必要は無い。寧ろそれは成長を続ける相手に対して、思考を停止させて妥協で全てを受け入れることとなり、失礼にも成りうるかもしれない……というのは少々捻くれ過ぎか。まァ何が言いたいかと言うと、全てをありのまま受け止めようとしていては近い内に器が壊れて、許容を超えたと気づくより先に頭の方がおかしくなってしまう、ということ。
現代は嗜好に溢れている、もっと贅沢になれ。取捨選択を恐れる必要はないんだよ。私の人生は私のモノ、君の人生は君のモノだ。

◆◆◆

Eliraに、「自分で自分を解剖しながら実況しているみたいな文章」と言われた。貴方は自分のことを他人事みたいに書くよね、と。成程、なかなか的を射ていると思う。
私はいつも、自分の思考を巡らせる主体的な視点の他に、それを第三者のように俯瞰している視点がある。まるで好奇心旺盛な少年が、目覚まし時計を歯車のひとつまで分解して中身を机に広げるかのように。そしてそれをレポートに書き連ねていって、或いはパーツをひとつずつ手に取りながら両親に自慢するかのように、文章を書く。

単に自己分析が趣味で、外的刺激にやたらと敏感で、脳内が生まれつき異常に忙しなくてしょうがなかったというのもあるが……それを踏まえた上で、情緒的な表現を削ぎ落として、如何に人に「伝わる説明」が出来るかという部分に労力を費やしているからだろう。すれ違いや認識の齟齬による衝突を私は非常に恐れている。その背景により確立された文体なのだろう。

◆◆◆

他者との比較もしくは類似するものとの比較は、確かに己を納得させるのに手頃な指標かもしれないが、それが枷となって成長を阻害してしまっては身も蓋もない。向上心のある人というのは常に己に不満を抱いている人ではなく、己の成し遂げたことを明確に理解出来ている人を指すと、私は思っている。成功だろうが失敗だろうがそこはさして重要ではなく、規範や自己評価における認知の歪みを乗り越えて、実際に自分の目で見た結果をありのまま受け止められることこそが成長に繋がっていくんだろう。

自分で自分の成長に気づけないのなら、己が五感で得た評価を洗いざらい全て思い出してみると良いかもしれないね。否定的な評価ばかりに目を向けるのではなく、肯定的な評価も同様に、寧ろそれ以上に大切にして。そうでなければ、目の前の結果に対して歪んだ見方をしてしまう。誰も報われないだろう、それでは。そんな悲しいことはない。

何が言いたいかというと、表現者や制作者にとって最も重要視すべき結果、評価とは……専門家の批評でも捌いたチケットの枚数でもなく、幕が下りても尚鳴り止まない会場の拍手そのものということだ。

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