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Diary : Sole / Lune / Terra / Caelum
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12: V/O/X/A/K/U/M/A(2/4/3/4/E/N)
2026-01-10 19:27:36



#04 MEMORY LORE

ジャズミュージックに橙色のライトが踊る。中央の小さな舞台では、ドラムの金具やサックスのボディ、ピアノの鍵盤が照明をランダムに反射して、薄暗い店内に光を散らしていた。私はビールグラスを片手に、踊る人々や話し込んでいる人々の合間を掻い潜って簡素な丸テーブルを見つけると、一口ぐいと煽ってからテーブルに肘をつく。冷えた炭酸が喉を通り若干の苦味だけが舌に残って、5.5%の悦楽が身体中に染み渡り、体温が少し上がるのを感じた。

◆◆◆


ひと仕事を終えて行きずりのパブに入り、そこで知り合った(見た目年齢だけなら)自分より年上であろう面々と軽く雑談に興じていたのが1時間から2時間くらい前の話。然程広くも無いローカルな店の様だけど、少々古めかしい生演奏BGMも、客の年齢層が全体的に高めなのも自分としては割と気に入っていた。放課後の集まりみたいな若い衆が多い場所だと、賑やかすぎるし、少し前の自分を見ている様で落ち着かない。

社交の場から一旦離れひとりになって数分、“ここ、空いてる? ”……耳に飛び込んできた涼やかな声で我に返る。丸テーブルを挟んだ向かい側、シンプルなドレスに身を包んだ若い女性がひとり立っていた。空いているよ、そう答えると彼女はひとつ礼を言ってこちらへ向き直る。

「一人?」
「嗚呼。君も?」
「勿論。一人で楽しむつもりだったのだけど、少し誰かと話したくなって」
「それで手持ち無沙汰そうな私に声を掛けたってわけだ」
「ふふ、そうかもね? ……なんて、貴方を見つけて気になったからよ。こういう場所は慣れない?」
「君の視線を奪えたようで光栄だな。いや、そんなことは無いよ、パブにはたまに来る。数分前までそこのご夫婦達やそっちのメンズ御一行と楽しく話をしていたんだけれどね。今は一人になってしまって、ちょっと中弛みしていたところ」
「じゃあなにか新しい刺激が必要?」
「そうだな、だから君が声を掛けてくれてちょうど良かった」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。逆ナンなんて嫌な顔されるのも想定内だったのに」
「まさか。無下にする奴がいたのだとしたら、きっとパブ初心者で社交に慣れていないんだろう。寧ろ君みたいな女性、その辺の男が黙っていなさそうだが」
「どうかしら、少なくとも此処には私にちょっかいかける人はいなかったわ」
「じゃあ君の店選びが上手かったんだね、君には見る目があるんだろう。それとも運が良かっただけ?」
「そうね、貴方に会えたから、運が良かったの方かも」

彼女はグラスを傾ける。中身も半分をきっていて氷ももうだいぶ溶けている、揺れる度に喧騒に紛れて涼やかで小気味の良い音が鳴った。そこからは他愛も無い話を続けて、グラスのビールはあっという間に残り数口にまでなった。最初こそ多少の緊張感はあったものの、彼女は第一印象に対して快活で話題にも富んでいて、会話は思っていた以上に盛り上がった。背後で流れるジャズが怒りだしそうな最近話題の音楽の話や、好きな食べ物の話、気づけばこの間参加した親戚の結婚式の話なんかもしていた。

◆◆◆


何十分そうしていたのか、2人のグラスが底をついた頃。談笑していた彼女がテーブル越しに身を乗り出した。“この後空いてる? 貴方ともっとお話したいわ。”ほろ酔い気分で聞くには、余りにも魅力的なお誘いだった。 私は悪戯を思いついた様に口角を上げる。少しおどけた様に笑いながら言った。“ではこの後、映画を見ながら飲み直しといこうか。それとももう少しここに居る? ”……彼女は一拍遅れてから言葉の意味に気づくと、ころころ鈴が鳴る様に笑った。“大胆なのね、貴方って。” “君が誘ってくれたから、もっと話したいって思っただけだよ。”

その言葉を合図に、彼女はほとんど空になったグラスを持ち直した。私もコートを肩に羽織って、グラスを手に取る。気まぐれなサックスの音色が、私達を店の外へとそっと背中を押した。

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